秋山は、2016年の自身を含めた共同企画展『バラックアウト』を機に、震災や仮設などをテーマに活動を始めたアーティストです。以降、アートと建築を横断しながら、スペース運営、キュレーション、アーティスト活動、建築、教育など、様々な立場から活動を展開してきました。
初個展となる本展は、そんな秋山のいちアーティストとしてのアイデンティティにフォーカスする初の機会となります。デビュー以来、秋山は、「建設作業員」という自身の仕事を表現へと転ずることに、一貫してこだわってきました。一方で、活動や視点が多岐に渡ることから、それは他の多面的な側面と平行し、各イベントのステイトメントとしては集中的に語られてきませんでした。その多様な「表現活動」は、しかし当の秋山のことを考えると、自身の労働に基づく暮らしを相対化するよう繰り返されてきた、「人生との対峙」のようでもあります。
国立競技場近くの3階建てのギャラリー(eukaryote)で、階段を昇降して運んだ石膏ボードを屋上に積み上げ、その上から建設中の競技場を眺める作業員へのオマージュ。「墨出し」の動きをコレオグラフィーとして踊り、ループし続ける映像。肌に有害である生セメントを口に含み、唾液と咀嚼でフォルムを形成し、それを3Dスキャン/プリントで自動複製し続けたインスタレーションなど……、秋山の淡々と1つの所作をし続ける作業的な作品群は、例えば、Tehching Hsiehの、タイムカードを押し続ける行為や、恋人と繋がれ続ける行為などを1年間繰り返した「ワンイヤーパフォーマンス」などに通じる、極めてミニマル、作業的なものです。
しかし秋山は、そのワンイシューに収束することなく、キュレーションもする広い見地から、時にはバイオロジカルに、時に公共性を取り入れ、また新たなテクノロジーを貪欲に使い、それを様々な形態や思想へと抽象的に落とし込んできました。概念的に観客をケムに巻くその先端的な手法は、しかし逆説的に、抽象化することで作業を多角的に客観視するような、それで改めて労働と向き合えるような、なにか「泥沼にハマる」方法のようでもあります。
作業的な日々とアートを引き換えること。しかしそれでも逃れられないそのトラウマを、秋山は、「建設作業ってトラウマの連続なんですね。正直…マッチョに生きる精神力が無いと続けられない。大量の建設材料を運んだり、無限にビスを打ち続ける日々だったり、まわりでケガ人が出たり(ときには死人)それらに関連した材料や都市の風景が脳に焼き付いて、普段から吐き気がするんです。例えばこの新宿にいても建設材料をみかけて、過去のトラウマがフラッシュバックして気分が悪くなることもあります。」と、酒に逃げることの自己分析として語っています。
今回、中央公園と歌舞伎町公園というアースダイバー的な関係を持つ場で繰り返される日課のような行為は、そんな念が直接作家に作用した、「やむにやまれぬ」表現として立ち現れてきました。歌舞伎町で石を拾い、それと似た石を中央公園で探し、毎日1セットづつそれらを歌舞伎町公園に並べていく……炎天下のなか5輪の開会式からパラリンピック終了までの日にちを毎日数えていくような、そんな営みを行うにあたり、そのマインドを秋山は、「アーティストとして作業員を演じる」ようなものだと語ります。「ミニマルな作業」を表現として行うことでトラウマを相対化するその行為は、儀式のように、東京に暮らす私たちはもちろん、カオスな日々に突入した日本人や、秋山自身へと捧げられます。
「復興」からはじまり、「オリンピック」にいたる都市の解体と建設が続いたこの10年、スクラップアンドビルドの時代に登場したアーティスト・秋山佑太の初個展。東京五輪の最中に、都庁の真下と歌舞伎町、そして大久保で淡々と動き続ける秋山の姿は、新たなインフラや街の恩恵に預かる私たちにとって、「鑑賞」以上に「直視」すべき対象となるはずです。
卯城竜太(Chim↑Pom)