WHITEHOUSE

Constellation Botsu

SOLO PERFORMANCE

『およん、欲望などのようながら今キッズ徹頭でもある徹尾キッズ(という途中よりも)』

WH-008

 

2021/06/26 18:00- (開場17:00)

 

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¥1,500 + 1DRINK

 

CURATION

涌井智仁

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作品は死ぬ。断章は、かつて生きたことがない以上、死ぬこともありえない 

シオラン「生誕の厄災」

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 何かを打って破片が散るという事では無く、その存在そのものが破片であるようなものが確かにこの世界にはある。しかし、その根源的破片は隠匿されているものであり、私たちが望んで観測あるいは手にすることは極めて難しい。何よりまず身体が必要だ。いつか/予め/今準備される楽器的身体が。

 Constellation Botsu(しー没)のiPadから、ミニピン-RCAケーブル(細くて狭い)を通して濁流のように弾き出される音からは、記号的な情報は一向に得られない。使い古された実家の冷凍庫を開けるような、アルミスクラップを漠然と眺めるような、そういう体験だけがあるのだ。ミュージック・コンクレートというには激情的で、コラージュというには美学的まとまりが無い、終わらない予定のような音たち。それらは同時代的なミュージシャンたちが無自覚に手に取ってしまうラップトップやDAWから生まれるものではなく、我々にとってより無自覚的に触れ合っているタブレット端末にインストールされたアプリから生み出されている。

 しー没の「アプリミュージック」の元になっているのは、この世に無数にある(今やあらゆるものは無数の中にあるが)楽器アプリやサンプラーアプリである。彼はあらかじめ決められた使い方や、文字通りのコードから逃れるようにそれらを駆使し、シンセサイザーや楽器やアプリの持つそもそもの断片性を弾き出していく。彼はそれらの「使用」を通して、自らの身体を楽器的に組み替えていき、その過程を我々に見せているのだ。iPadの楽器アプリを操作するにはティッシュを食べる必要があるし、時にはiPadからアンプを通して増幅された音に合わせるように大声を出す必要もあるだろう。それを眺める我々鑑賞者は、彼のその楽器的身体に憧れ続けるのだ。今回のパフォーマンスでも、音楽をより素直に、そして身体をより無防備に開き、iPadに向けて変態していく彼の姿に注目してほしい。

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 彼は音楽と同時に言葉に対してもある種素直である。

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 しー没が昔から書き溜めている短歌をパフォーマンス的に朗読すると聞き、4月某日の代々木公園へと向かうと、たまたまそこにいたかのように彼が佇んでいた。それはもしかしたらコロナ禍で、街灯もまばらで、漆黒と化した代々木公園の持つ消滅的な力や、その漆黒に群がるように集まってきた缶ビールを持った若者たちによって、消極的に彼自身がそう表現されているだけだったのかもしれないが、しかし、あくまでもたまたまそこにいる、というあり方は今まで彼と会う度に感じることと重なっていた。

 このパフォーマンスの企画者である荒井優作の「やりまーす」というかけ声の中、何となく始まった朗読はしー没の存在の不能感をよりラディカルに表していた。彼から言葉が発せられる度に、辺りの空気が「ひゅん」となる感じが、目撃している我々に独特な居心地を与えてくれ、もしかしてたまたまそう聞こえただけ?的な感じの連帯を生み出す。彼の言うところの「使用頻度の低い言葉の組み合わせ」によって生み出された短歌(と呼ぶべきなのかはもはやよくわからない)は、そのまま彼の音楽的な自由律と重なり、我々の言葉の世界を無防備にしていく。恣意的に切り取られた言葉の世界によって我々の世界は形作られているが、彼の短歌は、たまたまそこにいる言葉たちの荒唐無稽さを暴くことによって、世界を変えてくれる。そこに破壊は無い。言葉が予め破壊されていることを暴いているのだ。

 しー没は極めて多彩な活動をしているため全体を観測することは難しいが、WHITEHOUSEでは、音と言葉の「使用」にまつわる彼の身体を見てほしいと思う。彼の言葉を再び借りるなら「中二病」的な世界の捉え方から見えてくる、根源的な断片性を少しでも多くの人に体験してもらえたら嬉しい。それは、多分、破片が、音楽に基づいて、ドローイング的に尽くされていく、言葉のようだ。

涌井智仁(WHITEHOUSE)

 

 

(補足になるけれど、高円寺の飲み屋でしー没さんと、たまたま予定が合い同席していた星川あさ子さんと一緒に今回の打ち合わせを行ったのだけど、その時に、最近ハマっている言葉は無いか、という話になって、2人が確かめ合うように、あれあるじゃんみたいな感じで「暇に合わせる」という言葉を出した、というか、星川さんも酔って支離滅裂だったりして、俺にはそう聞こえただけなのかもしれないけど、良い感じの言葉だな、と思って今回のタイトルにしようと思ったんだけど、こっちにしました。「暇に合わせる」はあの時のあの感じのグルーヴが必要な感じがしたし、2人で大切にして欲しい言葉のように感じました。)

Constellation Botsu(しー没)

 

1987年生まれ。鳥取出身。

2010年頃より概ねたか名義で家計簿を使ったドローイングを始める。

2011年、雑誌イラストレーション主催の誌上コンペ「ザ・チョイス」にて第177回天明屋尚の審査、第180回日下潤一の審査で入選。

東京イラストレーターズソサエティ主催の第10回TIS公募にて金賞。その公募展を見にきていた装丁家の鈴木成一さんから連絡をいただき、展示していた絵を2斎藤環著「世界が土曜の夜の夢なら」の装画に使っていただく。

ファミ通町内会にも2009~20z14年頃まで同名義で時々投稿していた。

2013年頃からアメリカのオークランドのアンビエント系カセットレーベルConstellation Tatsu(通称しー辰)の名前をもじったConstellation Botsu(しー没)の名義で音による活動を始める。

翌2014年7月よりアメリカのカセットレーベルより初カセット「萎びてられっか」をリリース。以降毎年コンスタントにリリースを重ねる。同年末ごろより主にiPadとティッシュペーパーを使ったライブパフォーマンスを始める。 

2015年8月、高円寺pockeにて初個展「しーPUNK」開催

2015年11月二艘木洋行、工藤陽之キュレーション「ニセ・ザ・チョイス」展参加(ビリケンギャラリー)

2016年夏、高円寺FAITHにて個展「世界がドローンの夜の夢なら」開催

2017年夏、高円寺pockeにて個展「絵zra」開催

2017年10月、智輝さん主催の4回目のゲルゲル祭に参加。12月、鳥取で行われたパープルーム予備校による展覧会「パープルーム大学 劣端から末端のファンタジア」に参加。

2018年10月、Chim↑Pom「にんげんレストラン」内のイベント「urauny dinner」参加。

2019年1月、高円寺pockeにて個展「しゅつ没」開催。3月には星川あさことの二人展「We welcome you」を高円寺pockeにて開催。

2020年8月、パープルームギャラリーにて個展「dear 戸田さん ~お願い!!ブロック解除~」を開催。

2021年1月、神楽坂の√k Contemporaryで梅津庸一企画・監修による展覧会「絵画の見かた reprise」に参加。