では、現代アメリカでのSNSの普及はどのように「均衡化」を生み出しているのか。この問題を、ミクロレベル(個人同士の関係)から、マクロレベル(文化全体)にそって考察したい。
まず初めに取り上げるのは、インターネットの「トロール」(日本語では「荒らし」や「釣り」などの意味)という現象だ。現代社会に潜在するニヒリズムを体現しているトロールは、言いたいことや、伝えたいメッセージなどがない。それどころか、ある種の純粋な否定性を帯びているとすら言える。つまり、相手の気持ちを煽り、侮辱語や人種差別語などの言葉を「あえて」投げかけることで反応させようとひたすら頑張るだけである。そして、被害者がトロールの言葉に対して本気になったり、感情的になったり、もしくは理性を使ってトロールと議論したりすることがよく見られる。つまり、トロールが仕掛けた罠に陥ってしまうのだ。
しかし、この状況を、津村喬の言葉で考察してみると、まさに、個人(もしくはボット)同士の「均衡化」に他ならない。二つの「意見」が現れるたびにそれが相殺してしまうという結末が生まれるためだ。ここに分裂どころか、むしろ歪んでいる一体化が見られるのではないか。その上に、このトロールと被害者の「出会い」がますますアルゴリズムによって自動化されているし、GAFAのデータ抽出による利益ももたらしている。つまり、この均衡化(「対立する意見」の相殺や炎上など)がアメリカのSNSの独占資本化も加速化させてしまっているのだ。
個人同士の関係性から、現在のマスコミ(主に新聞とテレビ)とSNSの関係性に目を移してみると、アメリカのマスコミの影響の低下が著しいことに気づく。SNSなしでは営業が成り立たない新聞が多く、アメリカのマスコミもSNSの従属的な立場に置かれているのだ。そのため、売り上げを上げるべく「トロール」や「社会の除け者」(例えば、新反動主義者やIDWなど)の存在を取り上げ、良心がある市民たちの覗き見的好奇心を満たそうとする。しかし、これらのグループを取り上げることで、それをかえって拡大させてしまうという現象もたびたび起きている。
以前から話題になっていた「オルタナ右翼」(主にネットで活動する右派の運動家(?)たち)という現象はこの情報の消費サイクルを代表している。2016年の選挙以前は、「オルタナ右翼」はごくマイナーで一部の関係者以外にはほとんど知られていなかった。しかし、Politicoなどのサイトが、このグループを取り上げ、それが選挙に甚大な影響を与えているのではないかと煽ったとたん、このグループが一気に顕著になり、活発化してしまった。オルタナ右翼が以前からネット上で様々な活動をしていたという事実はもちろん否定できないのだが、これが多くの新聞やサイトに取り上げられないではここまで活動を進められたとは到底思えない。つまり、リベラルメディアはこの「仮想敵」を作ってから、それと戦ってみせるという自作自演をした。このおかげで、右派サブカルチャーも脚光を浴びつつ成長することができた。ここに利害一致が認められる。
こういったメディア状況のフィードバック·ループの帰結として、二つの陰謀論がやや違ったタイミングで流通しはじめた。いわゆる「ロシアゲート」と「Qアノン」である。注意してほしいのは、目の前の現実がつまらなすぎる、または辛すぎる時において、人間が陰謀論に走ってしまうということである。陰謀論は簡単に説明できるはずの現象(例えば、アメリカ経済の金融化は多くの人生を壊している、など)をより「面白い」形で反映させてくれる。ある人は自分が賃金抑圧や脱工業化で苦しめられているという「つまらない」現実に直面するというより、自分の苦しみはきっとある秘密結社の策略によるものだと信じ込むことは冒険感を与えてくれるだろう。この冒険感は最終的にとんでもない被害妄想やパラノイアを生み出してしまうにもかかわらず、である。この意味で、陰謀論の構造においては現実逃避的要素と、現実をそのまま反映させているような要素が絶妙に交わっているのだ。そして、ここ30年にアメリカの格差問題に本格的に取り組まなかったという点では、民主党も共和党も陰謀論が生じやすい環境を共に生み出してしまったと言える。