この度WHITEHOUSEでは、グループ展「モノラルズ」を開催いたします。
「モノラルズ」という言葉は、この世界の極めて単純な状態を指し示す言葉です。
我々が感知できる世界(もしくは想像し得る世界)は無限の数のモノラルによって構成されています。モノラルとは、ある実在から発せられた1つの音であると人間が認識したもの、という風にここでは定義します。この世界はそのような実在の数だけ存在するモノラルの並列的な重なりによって、複雑な音響空間を作り出しています。我々の周辺世界だけでも、極めて無数のモノラルの音シグナルに溢れていることは誰にとっても自明でしょう。当然ですが、それら無数のモノラルたちはほとんどが人間に配慮をしません。多くのモノラルたちは非可聴域の周波数や超音波を発したり、極めて小さい音量で定位しているものたちです。しかし、人類ははるか昔からそれらさえも身体や2つの耳を使って、うまく処理しながら生活を営んできました。そのように本質的には耳とは無関係に存在していたモノラルや音と人間の関係に大きな変化をもたらしたのが、オーディオの発生です。オーディオは、その機械の魔術的な魅力以上に人間の知覚を決定的に方向づけていってしまいました。
エジソンの発明したフォノグラフと呼ばれる蓄音機によって再生された「メリーさんの羊」は、今まさに歌っていたエジソンが再び亡霊のように回帰し、舞台上に現れたような錯覚を観衆に覚えさせました。そこから現在まで続くオーディオ体験は、人間の音の世界に「のようなもの」を与えると同時に、人間の可聴域(20Hzから20kHz)以外の音への想像力を吹き飛ばすほどのイリュージョンを引き起こしました。その極めて縮減された形で再生された近過去の亡霊の登場によって、我々は世界の複雑な音響空間さえも予め再生されたものとして聴くような客観的知覚を得たのです。そのようなオーディオ的知覚はステレオの登場によってさらに現実から遠い距離を描いていきます。縮減された音の亡霊は、2つのスピーカーと人間の2つの耳による両耳効果によって、ファントムセンターと呼ばれる空間の亡霊へと変貌していきます。ステレオとファントムセンターによって体験できる疑似-世界の音響は、我々の知覚にさらに強烈な麻酔をかけ、もはやオーディオ以前の複雑な風景を想像することすら出来ない程、感覚を麻痺させているように思えます。
音はステレオの持つ象徴的意味によって束縛を受けているのです。そして恐らく、環境を最大公約数的に縮減し疑似-世界の体験を環境の認識へと戻す、この一連のフィードバック/オーディオ的知覚は、音だけでなく、我々があらゆる他者と向きあう際に無自覚的に発揮されてしまっている知覚でもあるように思えます。
「モノラルズ」とは、ステレオ以降のオーディオ的知覚を一度清算するために用意された言葉です。複数形のsは、マルチチャンネルではなく、バラバラに存在するそれぞれ単一のもの、というこの世界の基本的な構成を表しています。
参加していただくアーティストの皆さんには、基本的には音で、かつモノラルフォーマットで作品を用意していただきました。ステレオを経由して回帰してきたモノラルの体験は極めて不気味なものに感じると思います。しかし、そこから始められる新しいフォルムが必ずあるという予感を感じていただきたいです。そして、未だ隠され続けている次元を探り当てること、それはステレオを通過した今の我々の聴取によってしか辿り着けない地点であると確信しています。立体音響やVRなど、時代に寄り添って様々な新しい音響メディアが登場しますが、それらは全てステレオの想像力によって生み出されています。これからも徹底的に音と環境の切り離しは行われ続けるでしょう。その前に一度立ち止まって別のラインを想像するために、素晴らしいアーティストの皆さんによるモノラルの想像力を目一杯体験していただきたいです。
WHITEHOUSEのスペースでは初めてのグループ展企画となります。音の作品ばかりなので、できれば気兼ねなくゆっくりできる時間を見つけて、遊びに来ていただけたらと思います。
涌井智仁