現在、我々の「生命」の概念が大きく揺らいでいる。
クローン技術や遺伝子編集、人工細胞の登場など、生命科学の発展は、人の手による生命の編集と創造を可能とした。また、AI技術の急速な伸張は、ChatGPTのような、人間とのコミュニケーションを可能とする人工物を生み出した。今日では、気候変動の問題を背景に隆盛した人新世の思想などが、人間中心的な生命観の見直しをうながしている。
こうした背景のもと、生命科学の展開を参照したいわゆるバイオメディア・アートや、今日の「環境」概念を再考するエコロジー・アートの潮流が世界的な盛り上がりを見せてきた。
本展示の主体であるmetaPhorestは、生命科学や生命論の展開を参照しつつ、「生命」を巡る美学・芸術の実験・研究・制作を行なうための生命美学プラットフォームである。2007年より、早稲田大学先端生命医科学センター岩崎秀雄研究室を拠点とし、生命に関心を持つアーティストが長期に渡り滞在し、実験設備を共有しながら制作を行ったり、あるいは関係する研究者や学生らが生命科学や人文学を横断する多領域的な活動を展開してきた。これらを通して、国内外での生命科学にまつわる芸術実践をリードしてきた。
2013年以来のグループ展となる今回は、metaPhorestでなされてきた「生命」への探求の成果を、作中に登場する生物種や、制作者であるアーティスト・研究者を含む生態系としての「Biome(生物群集)」として提示する。それは、冒頭に紹介した近年の「生命概念の揺らぎの問題」と響き合うものとなる。
また、本展示では以下の二点にこだわり、いわゆるバイオメディア・アートの鑑賞経験に新たな広がりを与えようと試みる。
第一に、作品を目の前にして、そこに生きる生体から感じ取れる生々しい鑑賞経験だ。いわゆるバイオメディア・アートは、作品の写真や映像といったアーカイブを中心とした展示形式をとることも多い。しかし、本展示では、生物の物質性や実在性に着目し、生きものであり、芸術作品でもあるという特殊な存在との直接的な対峙を重視する。
第二に、アーティストと、長期に亘って制作上のパートナーとして存在してきた、『伴侶種』としての生きものとの関係だ。生物学的な視点や手法を導入した芸術実践においては、取り扱う生物への知識や技術が要される。また作品制作においても、生物の成長や死滅、世代交代といった通常の作品制作とは異なる時間の流れが存在している。いわゆるバイオ・メディアアートには、作品という結果に至るまでの、他種との時間と記憶が隠されている。
15年以上に渡るmetaPhorestの歴史の中で、多くのアーティストたちが自らの伴侶種となるような生き物たちを見つけ、関係性を築いてきた。 本展示は、そうした過程の一部でもある、実験記録やフィールド・ノートなども併せて見せることで、作品の後景への接近を図る。